自分が教わった方法が、いまも最善とは限らない
教え方は、たいてい自分が教わった形が基準になります。年に一度、1つだけ変えてみる話です。
- こんな人に
- 長く人を教えてきた人
- 結論
- 教え方は自分が教わった形のまま。年に1つだけ変えて試す
- 読む時間
- 約3分
教え方は、たいてい自分が教わった形が基準になります。
そして、それが最善かどうかは、確かめられていません。
これは、手を抜いているという話ではありません。ほかの形を試す機会が、そもそもないだけです。
うまくいった方法は、疑いにくい
自分がその方法で身につけたなら、有効なのは確かです。
ただ、自分に合っていた、というだけかもしれません。同じ方法で脱落した人は、目に入りません。
そして、環境も変わります。使える道具、必要な速度、働く時間。前提が違えば、最適な教え方も変わります。
とくに変わったのは、この3つです。
- 調べられる。手順は、その場で検索できます。教える価値があるのは、判断の部分に移りました。
- 時間が短い。長時間そばで見せる形は、取りにくくなっています。
- 人が動く。数年で入れ替わる前提だと、渡し方そのものが変わります。
年に1つだけ、変えてみる
全部を見直す必要はありません。
年に1つ、教え方を変えて試してみる。順番を変える、説明を減らす、先にやらせてみる。
合わなければ、戻せばいい。1つなら、判断もしやすい。
変えやすいのは、順番です。説明してからやらせるのを、やらせてから説明するに変えてみる。準備を足さずに試せます。
つまずいた場所を、記録する
いちばん確実な材料はこれです。
教えた相手が、どこでつまずいたかを記録する。
同じ場所で複数人が詰まるなら、教え方の問題です。相手の理解力の問題ではありません。
記録は、1行で足ります。「◯◯の手順で、3人が同じ場所で止まった」。これがたまると、直す順番が決まります。
教わる側に、聞く
もう1つの方法を。
「どこが分かりにくかったですか」と、あとで聞く。その場では言えなくても、あとなら言えます。
ここで重要なのは、言われた内容に反論しないことです。1回反論すると、次からは出てきません。
聞くタイミングは、教え終わった直後ではなく、少し経ってからのほうが本音が出ます。直後は、まだ評価される立場だからです。
厳しさは、方法ではない
1つ、はっきりさせておきます。
厳しくすることは、教え方ではありません。厳しくして伸びた人がいるのは事実ですが、それは厳しさが効いたのではなく、その人が続けられたからです。
続けられなかった人は、記録に残りません。
この偏りは、あらゆる場所で起きます。残った人の話だけを聞いて、方法を評価している。厳しさに限らず、注意が要る部分です。
教える側も、更新される
最後に。
教えると、自分の理解も整理されます。説明できない部分が、自分の弱い部分です。
そして、教わる側から学ぶこともあります。新しい道具や方法は、たいてい下の世代から来ます。
まとめ
- 教え方は自分が教わった形が基準になる。試す機会がないだけ
- 手順は調べられる時代なので、教える価値は判断の部分に移った
- 年に1つだけ変えてみる。順番を入れ替えるのがいちばん試しやすい
- 同じ場所で複数人が詰まったら、教え方の問題
- 「どこが分かりにくかったか」は、少し時間を置いてから聞く
- 厳しさは方法ではない。続けられなかった人は記録に残らない
自分の型は、良い先生診断で確認できます。