同じ案件が、日によって違う結論になる組織で起きること
判断の基準が本人の中にしかないと、周りは毎回うかがうことになります。書き出すのは、縛りではなく共有の話です。
- こんな人に
- 判断が自分の中だけにある立場の人
- 結論
- よく判断する内容を3つだけ書いて共有する。確認の回数が半分以下になる
- 読む時間
- 約2分
同じような案件なのに、通るときと通らないときがある。
この状態が続くと、周りは判断ではなく、機嫌を読むようになります。
そして、機嫌を読む時間は、そのまま組織の時間として消えています。
基準が頭の中にあると、どうなるか
- 確認の回数が増える。自分で判断できないので、毎回聞きに来ます。
- タイミングを計られる。機嫌の良さそうな時間に持ってくる。
- 予測できないので、動きが遅くなる。準備のしようがありません。
- 渡せない。基準が言葉になっていないと、引き継げません。
本人は「状況に応じて柔軟に判断している」つもりでも、周りには基準がないように見えます。
この差が生まれるのは、柔軟さの根拠が共有されていないからです。判断そのものは正しくても、外からは気まぐれと区別がつきません。
書き出すのは、縛るためではない
明文化というと、自由を失うように感じます。
ただ、目的は共有です。基準が分かっていれば、周りが自分で判断できます。そして、確認の回数が減ります。
結果として、決める人の時間が空きます。
3つ書けば、十分
網羅する必要はありません。
よく判断している内容を、3つだけ書き出す。「これは通す」「これは通さない」「ここは相談」。
それだけで、日々の確認がかなり減ります。完璧な規程を作ろうとすると、終わりません。
書く場所も、凝らなくて構いません。共有の文書に3行。体裁を整えようとすると、それだけで先送りになります。
例外を作るときは、理由を言う
運用の話を1つ。
基準を決めても、例外は出ます。それは構いません。ただ、そのときに理由を言う。
「今回は◯◯なので、例外にする」。この一言があるかどうかで、基準が生きるか死ぬかが決まります。理由を言わない例外が続くと、基準は無視されます。
そして、例外が3回続いたら、基準のほうを直す。実態に合っていないということなので、書き換えたほうが早い。
自分の判断も、安定する
副産物があります。
書き出すと、自分の判断のぶれにも気づきます。疲れている日と、そうでない日で、同じ案件の結論が違っていた。
これは、誰にでも起きます。基準があると、体調の影響を減らせます。
ぶれやすい条件は、たいてい決まっています。疲れているとき、急かされているとき、相手との関係が近いとき。この3つは、基準に戻る場面だと思っておくと安全です。
書いたものを、見える場所に
最後に。
書いても、共有されていなければ意味がありません。周りが見られる場所に置く。
まとめ
- 基準が頭の中にあると、周りは判断ではなく機嫌を読むようになる
- 柔軟さも、根拠が共有されていなければ気まぐれと区別がつかない
- よく判断する内容を3つだけ、共有の場所に3行で書く
- 例外は作っていい。ただし、そのつど理由を言う
- 例外が3回続いたら、基準のほうを直す
- 疲れ・急かされ・関係の近さ。この3つは、基準に戻る場面
そして、変えたときは知らせる。ここまでやると、確認のやり取りがはっきり減ります。いまの形は、独裁者診断で確認できます。