批評はできるのに、自分では作っていない状態
基準は高く、批評もできる。ただ、手を動かしていない。本人がいちばん気づけない状態についての話です。
- こんな人に
- 良し悪しは分かるが自分では作っていない人
- 結論
- 批評と作る力は別。下手でいいので、1つだけ作ってみる
- 読む時間
- 約2分
良し悪しは分かる。何が足りないかも言える。ただ、自分では作っていない。
この状態は、本人がいちばん気づけません。語っている時間が、やっている感覚を作るからです。
そして、周りも指摘しません。言っていることは正しいので、反論しにくいからです。
批評は、作ることの代わりにならない
厳しい書き方をしますが、ここは重要です。
批評する力と、作る力は別のものです。前者があっても、後者があるとは限らない。
そして、批評だけを続けていると、作る力は伸びません。使っていないからです。
さらに、批評の精度も少しずつ落ちます。何が難しいかを体で知らないので、指摘が的を外していきます。
作ると、評し方が変わる
1つだけ作ってみると、いくつか分かることがあります。
- 難しさが分かる。簡単に見えたことに、どれだけ手間がかかるか。
- 制約が見える。時間、費用、技術。理想どおりにいかない理由。
- 選択が見える。何を捨てて、何を残したか。批評からは見えない部分です。
これが分かると、批評の精度も上がります。作っている人にも届く言葉になる。
実際、作っている人の批評はよく効きます。同じ制約の中で何を選んだかが分かるので、代案が具体的になるからです。
下手でも、作る
始め方は、単純です。
自分が良いと思う基準で、1つだけ作ってみる。下手でも構いません。
ここで「基準に合わないものを出すくらいなら作らない」と考えると、永久に始まりません。最初は、基準に届かなくて当然です。
始めやすくする方法があります。
- 人に見せない前提で作る。基準の圧力がなくなります。
- 締め切りを先に決める。質ではなく、期限で終わらせる。
- 小さくする。1時間で終わる大きさから始める。
批評する時間を、半分だけ振り替える
実務的な配分の話も1つ。
批評や情報収集に使っている時間を、半分だけ作る時間に振り替える。
全部でなくていい。批評する力も、それはそれで価値があります。ただ、片方だけだと、いつまでも位置が変わりません。
目安として、週に1時間から。まとまった時間を確保しようとすると、いつまでも始まりません。
作っている人を、見下さない
最後に、いちばん大事なことを。
不完全なものを出している人がいます。基準からすると、足りない部分も多い。
ただ、出している時点で、出していない人より前にいます。そして、出した人だけが上達します。
まとめ
- 語っている時間が、やっている感覚を作るので気づきにくい
- 批評だけを続けると、作る力も批評の精度も落ちていく
- 1つ作ると、難しさ・制約・選択が見えて、批評も届く言葉になる
- 見せない前提、期限で終わらせる、1時間の大きさから始める
- 批評に使っている時間の半分を、作る時間に振り替える。週1時間から
- 不完全でも出している人は、出していない人より前にいる
作っている人を見下さない。これができると、自分も作れるようになります。自分の状態は、精神貴族診断で確認できます。