「気にしない」と「諦めた」は、外からは同じに見える
外見のことを考えなくなった状態には2種類あります。楽なほうと、しんどさが残るほう。頑張ることではなく、気分が上がる1つを取り入れる話です。
- こんな人に
- 外見のことは気にしていないという人
- 結論
- 「気にしない」と「諦めた」は違う。基準を「不快でない」に変える
- 読む時間
- 約2分
外見のことは、もう気にしていない。
この言葉には、まったく違う2つの状態が入っています。
そして、外からは同じに見えます。だから、本人しか区別できません。
2種類ある
- 気にしない。物差しが複数あるので、外見の比重が自然に下がっている。楽な状態です。
- 諦めた。降りているだけで、自分への採点は続いている。しんどさが残ります。
見分け方があります。自分の外見について、いま何と思っているか。何も思わないなら前者、いくつか出てくるなら後者です。
もう1つ、写真を撮られたときの反応でも分かります。何も思わないなら前者です。
諦めは、しんどさを残す
後者の場合、外見のことを考えるのをやめたのではなく、変えられないと判断して、手入れをやめた状態です。
だから、採点は続きます。鏡を見れば気になるし、写真も嫌なまま。ただ、対処をやめたので、悪化する感覚だけが残ります。
これは、けっこう消耗します。
しかも、諦めは他の場面にも広がります。「どうせ変わらない」という判断は、外見以外にも適用されやすい。
頑張ることではない
ここで必要なのは、努力ではありません。
評価とは関係なく、自分の気分が上がる1つを取り入れる。若く見せるためでも、人に褒められるためでもなく。
人に見せない部分から始めると、やりやすい。誰にも見られない場所を整えると、それが自分のためだと確認できます。
始めやすいのは、肌の手入れ、髪の長さ、服のサイズあたりです。どれも、他人の評価と切り離しやすい。
基準を「不快でない」にする
言葉の置き換えも効きます。
「若く見せる」「きれいにする」を基準にすると、終わりがありません。年齢は進みますし、比較対象も無限にあります。
「不快でない」を基準にする。清潔で、体に合っていて、季節に合っている。これなら、達成できます。そして、達成できる基準のほうが続きます。
それに、この基準は他人と比べられません。比較が入らないので、消耗もしません。
手入れが義務になっていないか
逆の場合も、確認しておく価値があります。
楽しめていると思っていても、やらないと外に出られない、という状態になっていないか。それは義務です。
目安は、やらない日があっても平気か。平気なら楽しみ、平気でないなら負担になっています。
年齢とともに、基準は変わる
最後に。
同じ基準を持ち続けると、年齢とともに達成できなくなります。基準のほうを更新するほうが、現実的です。
20代の基準で50代の自分を採点すれば、当然評価は下がります。採点する物差しが古いだけ、ということはよくあります。
まとめ
- 「気にしない」と「諦めた」は、外からは同じに見える
- 諦めは対処だけをやめるので、悪化する感覚が残る
- 「どうせ変わらない」は、外見以外の場面にも広がる
- 評価と関係なく気分が上がる1つを、見えない部分から取り入れる
- 基準を「若く見せる」から「不快でない」に変える
- やらない日があっても平気かで、楽しみか義務かが分かる
自分の状態は、ルッキズム診断で確認できます。