タイプ診断は、なぜ「当たっている」と感じるのか。それでも使い道はある
誰にでも当てはまる文章を、自分のことだと感じる仕組みがあります。それを知ったうえで、診断を役に立つ道具として使うための読み方をまとめました。
- こんな人に
- 性格診断の結果をどう扱うか迷う人
- 結論
- 当たっていると感じる仕組みがある。知ったうえでなら、使い道はある
- 読む時間
- 約3分
診断結果を読んで「当たっている」と感じたことは、たいていの人にあります。ただ、その感覚はかなりの部分が読み手の側で作られています。これを知っておくと、診断はむしろ使いやすくなります。
誰にでも当てはまる文は、自分の話に見える
「あなたは社交的な面もあるが、一人の時間も大切にしている」。この一文は、ほとんどの人に当てはまります。それでも読むと、自分のことを言われているように感じます。
人は、抽象的な記述を受け取ると、自分の記憶の中から合う場面を探して埋めます。合う場面は必ず見つかるので、結果として「当たっている」という感覚が生まれます。
これは騙されているという意味ではありません。人の理解の仕方が、そもそもそういう作りをしているというだけです。
当たっているかどうかは、いい問いではない
では診断は無意味かというと、そうでもありません。問いを変えると、使い道が出てきます。
- ×「当たっているか」 → 記憶を探して埋めるので、たいてい当たります。
- ◯「言葉にできていなかったことに、名前がついたか」 → ここに価値があります。
- ◯「読んで、嫌だと感じた部分はどこか」 → 抵抗が出た場所には、たいてい何かあります。
診断の役目は、正解を当てることではなく語彙を渡すことです。自分の傾向を人に説明できる言葉が一つ増えるだけで、扱い方が変わります。
タイプは、固定された性質ではない
結果に出たタイプを、生まれつきの性質として受け取ると、使いにくくなります。「自分はこういう人間だから」と、変えられない理由に使われてしまうからです。
多くの診断が測っているのは、いまの状態と、いまの環境での出方です。職場が変われば結果は動きますし、忙しい時期と落ち着いた時期でも変わります。
だから、一度きりより、時期を変えて何度か測るほうが情報量が多い。点ではなく、動いた方向を見るのが正しい使い方です。
たとえで示す診断の、いいところ
ファンタジーの職業や、戦国武将にたとえる診断があります。真面目な尺度に比べて軽く見えますが、実用上の利点があります。
一つは、優劣に見えにくいこと。「内向的」と言われるより「僧侶タイプ」と言われるほうが、受け入れるときの抵抗が小さくなります。
もう一つは、役割として語れること。物語の中の職業は、どれも必要だから存在しています。強い弱いではなく、どこに立つ人かという話にできる。これは、チームの中の自分を考えるときに使いやすい形です。
なお、こうしたたとえは、史実の評価や特定の作品の設定を再現したものではありません。広く親しまれているイメージを借りているだけだと考えてください。
他人を分類する道具には、しない
いちばん気をつけたいのは、診断結果を人に貼ることです。
「あの人は◯◯タイプだから」と言い始めると、その人を観察するのをやめることになります。分類は理解の入口であって、結論ではありません。
採用や人事評価に使うのも、本来の用途から外れています。測っているのは、その日その環境での自己申告だからです。
まとめ
- 抽象的な記述は、読み手が記憶から埋めるので当たって感じる
- 「当たっているか」ではなく「名前がついたか」「どこに抵抗が出たか」を見る
- 診断の役目は正解ではなく、語彙を渡すこと
- タイプは固定された性質ではなく、いまの状態と環境での出方
- たとえ型の診断は、優劣に見えにくく、役割として語れる利点がある
- 他人を分類する道具にしない。分類は入口であって結論ではない