屁理屈と正論の違いは目的だけ。見分けるための3つの質問
どちらも根拠を並べ、矛盾を突きます。外から見るとほとんど同じです。違うのは、結論に近づこうとしているのか、負けないようにしているのか。自分がどちらかを確かめる方法です。
- こんな人に
- 議論の中身を見分けたい人
- 結論
- 屁理屈と正論の違いは目的だけ。結論に近づこうとしているかで見る
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- 約2分
「それは屁理屈だ」と言われたことがある。あるいは、誰かの話を聞いていて、正しいはずなのに納得できなかったことがある。
屁理屈と、筋の通った議論は、外から見るとよく似ています。並べる根拠も、突く矛盾も同じ。違うのは、目的のほうだけです。
屁理屈は、論理が苦手な人の話ではない
まず、よくある誤解を外しておきます。
屁理屈をこねる人は、論理が苦手なわけではありません。むしろ逆で、理屈を組む力があるからこそ、間違いを守るための理屈も上手に組めてしまう。
そして、その場では勝ってしまう。勝つと修正されないので、同じことが続きます。能力の問題ではないので、鍛えても直りません。
見分ける質問① この指摘で、結論は変わるか
いちばん実用的な質問です。
相手の言葉づかいが不正確だ、細かい数字が違う、例外がある。どれも指摘としては正しい。ただ、その指摘が通ったとして、結論は変わるでしょうか。
変わらないなら、それは議論を進めるための発言ではありません。正しさは、進める役に立って初めて意味を持ちます。
見分ける質問② 自分が間違っていたら、認めるか
2つ目は、内心に向けた質問です。
議論を始める前に、こう自問してみてください。「もし自分が間違っていたら、この場で認められるか」。
答えがノーなら、その議論の目的はすでに結論ではありません。屁理屈の多くは、撤回できないところから生まれます。認められない主張を守るために、理屈を足し続けることになるからです。
見分ける質問③ 何が決まれば終わりか
3つ目は、議論の入口で使います。
「何が決まればこの話は終わりですか」。これを最初に確認しておくと、話がずれたときに戻せます。終着点が決まっていない議論は、勝ち負けの方向に流れやすい。
そして、この質問には副産物があります。答えられない議論は、そもそもする必要がないことが多い。
正しいのに、屁理屈に見える場合
逆のパターンもあります。内容は正確なのに、屁理屈のように受け取られる。
原因はたいてい、次のどれかです。
- 細部の指摘が多すぎる。結論が変わらない誤りまで拾うと、進行の妨害に見えます。
- 相手が引き下がれる余地を残していない。逃げ道のない正論は、内容ではなく態度として受け取られます。
- 人前で指摘している。同じ内容でも、公開の場だと相手は面子を守る側に回ります。
正しい指摘が通るかどうかは、内容より順番と場所で決まります。
直す場所は、ひとつだけ
自分が屁理屈の側にいると感じたとき、直すのは論理力ではありません。
「そうかもしれない」と、一度だけ言ってみる。これだけです。認めた瞬間から、同じ論理力が、議論を前に進める力に変わります。
自分の議論のクセは、屁理屈診断で6つの傾向として確認できます。