「読者」ではなく、知り合いを1人決めると文章が変わる
「読者」という抽象的な相手に向けて書くと、内容がぼやけます。知り合いの誰か1人に説明するつもりで書く。それだけで書き出しも用語も変わります。
- こんな人に
- 文章がぼやけると感じる人
- 結論
- 「読者」は抽象的すぎる。実在の知り合いを1人決める
- 読む時間
- 約3分
同じ内容でも、誰に向けて書いたかで届き方がまったく違います。そして多くの記事は、誰に向けているのかが決まっていません。
そして、決まっていないことは、書いている本人にも見えません。
「読者」は、相手として抽象的すぎる
読者のことを考えて書きましょう、とはよく言われます。ただ、読者という言葉は抽象的です。
初心者なのか経験者なのか、困っているのか興味があるだけなのか、時間があるのかないのか。これが決まらないと、どこから説明すればいいかも決まりません。
その結果、全員に向けて書くことになります。そして、全員に向けた文章は、誰にも刺さりません。
知り合いの誰か1人に、決める
実用的なのは、実在する人を1人思い浮かべることです。
「去年転職した後輩」「この分野を知らない友人」「同じことで悩んでいた過去の自分」。顔が浮かぶ相手にすると、自然に文章が変わります。
- その人が知らない用語には、説明が入る
- その人が知っていることは、飛ばせる
- その人が困っている場面から、書き出せる
そして、その人が読む場面まで想像すると、長さも決まります。通勤中に読むなら短く、休日にじっくり読むなら長くていい。
書き出しを、相手の困りごとから始める
自分の話から始まる記事は、読み手が入りにくい。
「先日、こういうことがありました」より「◯◯で困ったことはありませんか」。相手の側から入ると、続きが読まれます。
これは技巧ではなく、順番の問題です。相手にとっての意味が先にあると、こちらの話も届きます。
専門用語を、説明なしで使わない
書いている本人には当たり前の言葉が、読み手には通じないことがあります。
そして通じない言葉が1つあると、そこで読むのをやめます。分からない言葉を調べてまで読む人は、多くありません。
決めた1人が知らない言葉には、必ず一言の説明を入れる。これだけで、離脱がかなり減ります。
説明は、括弧で足すだけで構いません。言い換えると、文章の流れを壊さずに済みます。
自分のために書く、という選択
ここまでは、読まれることを目的にした場合の話です。
自分のために書くこと自体は、正しい目的です。考えを整理する、記録を残す、感情を処理する。この場合、読み手を設定する必要はありません。
大事なのは、どちらを目的にしているかを自分で分かっていることです。混ざっていると、どちらも中途半端になります。
見分ける方法があります。反応がなかったら困るか。困らないなら、自分のために書いています。
1本だけ、試してみる
全部の記事で読み手を決める必要はありません。
1本だけ、実在の1人を決めて書いてみる。そして、いつもの記事と読み比べる。違いは、書いている最中にはっきり分かります。
そのうえで、どちらの書き方を続けるかを決めればよい。
まとめ
- 「読者」は抽象的すぎて、どこから説明するか決まらない
- 実在する知り合いを1人決めると、自然に文章が変わる
- 書き出しを、相手の困りごとから始める
- 専門用語が1つあると、そこで読むのをやめられる
- 自分のために書くのも正しい目的。ただし目的を混ぜない
- 1本だけ試して、いつもの記事と読み比べる