職場と家で別人でも、裏表があるわけではない
場面によって性格が変わることに、後ろめたさを感じる人がいます。けれど出力を切り替えるのは適応の技術です。問題になるのは、素でいられる場所が一つも残っていないときだけ。
- こんな人に
- 職場と家で自分が違うと感じる人
- 結論
- 出力を変えるのは適応の技術。問題は素でいられる場所がないとき
- 読む時間
- 約2分
「職場での自分と、家での自分が全然違う」。この話をするとき、多くの人が少し申し訳なさそうにします。裏表があるように感じるからです。けれど場面ごとに出力を変えるのは、裏表ではなく適応の技術です。
変えていること自体は、問題ではない
職場では丁寧に、家ではくつろぐ。初対面では控えめに、親しい相手には遠慮なく。これは誰でもやっています。程度の差があるだけです。
実際、まったく変えない人のほうが摩擦を起こします。場に合わせられることは能力であって、後ろめたく思う必要はありません。
それに、相手も同じことをしています。お互いに調整しているから、場が成立している。
問題になるのは、逃げ場がないとき
では、いつ問題になるのか。素でいられる場所が一つも残っていないときです。
全部の場面で調整していると、回復する場所がありません。しかも、調整している自覚は薄いので、疲れの原因が分かりません。「何もしていないのに疲れる」という状態は、ここから来ていることがあります。
とくに、家でも調整している場合は要注意です。家は最後の場所になりやすいので、ここが埋まると逃げ場がなくなります。
「どれが本当の自分か」は、いい問いではない
よく出る問いですが、答えを出しても何も変わりません。
より役に立つのは、「どの場面の自分が、いちばん楽か」という問いです。楽な場面が分かれば、その条件を他の場面にも少しずつ持ち込めます。
楽な場面が一つもないなら、それが本当の問題です。人ではなく、条件のほうを疑ってください。
条件というのは、相手・場所・時間帯・人数のことです。どれかを変えるだけで、楽になる場面が見つかることがあります。
演じている自覚がないほうが、疲れる
意識して合わせている人は、切り替えのタイミングが分かります。だから、切り替えを解く場面も作れる。
難しいのは、無意識に合わせている人です。拾っている自覚がないので、疲れの原因にたどり着けません。
1週間だけ、場面ごとに「どのくらい合わせたか」を10段階で記録してみると、実態が見えます。
記録は、その場を離れた直後につける。あとでまとめてつけると、印象で平均化されてしまいます。
素を出せる場所は、1つでいい
多くは要りません。取り繕わなくていい相手が1人いれば、他の場面でどれだけ調整していても持ちこたえられます。
条件は、失敗や弱さを見せても関係が変わらない相手であること。助言をくれる相手である必要はありません。
そして、会う頻度は少なくて構いません。年に数回でも、そういう相手がいると分かっているだけで違います。
まとめ
- 場面ごとに出力を変えるのは、裏表ではなく適応の技術
- 問題は変えていることではなく、素でいられる場所がないこと
- 「どれが本当の自分か」より「どの場面が楽か」を問う
- 無意識に合わせている人ほど、疲れの原因が分からない
- 1週間、場面ごとの調整量を記録すると実態が見える
- 取り繕わなくていい相手が1人いれば足りる